新世界より

※激しいネタバレあり。初めて読む時の楽しみを奪ってしまうかもしれません。

『新世界より』のアニメ化、特に奇狼丸登場をきっかけに原作を読み返し、改めて語りたくなりました。
読み終えて真っ先に浮かんだのは、「自分より劣ると見なしている相手、力を持たない相手に対し、人はどこまで残酷になれるのか」ということでした。それどころか、自分達と「違う」だけで、同じ人間すら躊躇いなく殺せるのか……。
この世界の人間は、呪力という強大な力を備えています。
個人が爆弾を持ち歩いているようなもので、念じるだけで簡単に破壊を引き起こせます。
互いに向ければ喧嘩では済まない。簡単に発動できる能力ゆえに、そのままでは社会は大混乱に陥り、まともに生活できなくなります。
昔は力を持つ者が持たぬ者を殺戮し、人口は激減して世界の姿は大幅に変わりました。
現在は人間同士で使用することができないよう、厳重に統制されています。
念入りに教育が施され、「人が人を殺す」という発想や概念自体持たない人間が出来上がるわけですが、大きなゆがみが生じています。
主人公達は世界のいびつさに直面し、翻弄されることに。
「偽りの神に抗え。」
アニメのこの文章も、物語が進む前と後で受ける印象が変わるのではないでしょうか。
前:管理されている子供達が大人に挑むのか。
後:まるでバケネズミ側、特にスクィーラが……。
スクィーラは好き嫌いが分かれそうなキャラで、とにかく印象に残ります。

次は軽く各人物について。
早季と覚:前者は語り部ゆえに、後者はわかりやすい性格で読者の目線に近いですが、時代や価値観の違いを感じさせる部分もちょくちょく出てきます。
瞬:作中でもトップクラスの頼もしさ。○○○後も主人公を助けるなど、いたるところで活躍を見せる。聡明で優しく繊細で、物事がよく見えて、深く考えることができる。それゆえに○○になってしまったのでしょうね。

スクィーラ:彼のせいで大勢の人間が殺され、バケネズミ側も多数犠牲になりました。
色々えげつないことをやっていますし、そういった面で苦手意識もあります。
というか、単純に、敬っていないのに口では都合のいいことばかり言って持ち上げた挙句掌返すのはいただけない。……いや、やたらとこびへつらっていたのは演技でしょうから、そのしたたかさは悪役としては逆に好ましいか?
神と見なされている人間達に挑む気概、覚悟は見事の一言。
絶大な力を持つ種族に、尊厳を守るために立ち向かう。自分達は奴隷ではない、機嫌次第で消されるのは真っ平だと。
敗北した時どれほど惨い目に遭わされるか知っていながら、機を窺い、準備を整え、策を練り、命を懸けて。
他の作品なら……たとえば魔族と人間などで見られそうな構図です。
初期は「頭がいいけど小物っぽい」という印象だったのに、恐ろしい敵として人間を追い詰めます。
自分が殺した人間全員に対して謝罪しろと言われた時の返答が、皮肉が効いてました。
いいですとも、その前に人間が、何の良心の呵責もなく捻り潰したバケネズミ全員対して謝罪すればと。
バケネズミの起源について知ってからだと、重く響きます。
人間がバケネズミをなぶり殺すのは問題なくても、逆は大罪で絶対に許されないんですよね。
バケネズミに味方するというわけではありませんが、人間が彼らを虐殺する様を見ると……バケネズミ側も大して違わないとはいえ、もやもやします。
裁判での「あの」台詞が壮絶で、彼への報復があまりに無惨で、嫌いになりきれないキャラでした。

奇狼丸:一番好きなキャラ。
この作品でカッコいいキャラを訊かれれば真っ先に浮かぶ人物。
原作を読んだ感じでは、「強さと同時に恐ろしさや不気味さも感じさせる」外見だと思っていました。
アニメのデザインではカッコよさが前面に出ています。
ネズミというより犬や狼みたいだ。刺青はどこへ。
この作品を読んでいると、目線が近い早季や覚に対しても、「えっ、そこでそんなこと言うの?」と思う時があります。
時代や価値観が違うため、良くも悪くも彼らとズレが生じるのは避けられません。
近いと思っているのにズレるから、目立ちます。
奇狼丸にはそういった「何でそこでそうなる?」という気持ちが出てこないんですよね。良くも悪くも最後まで考えは一貫していますし。
ズレを感じない分、格好よく思えるのかもしれません。

では、奇狼丸をカッコいいと思ったシーンを。
・恩を返すため早季達を助ける
命令に背けば殺されるはずなのに、命を助けられた恩義に報いる。
・味方が殺された事件についてスクィーラから自作自演扱いされ、怒りに震える
激怒を鋼の自制心で抑え込む。
スクィーラについて語る時の奇狼丸が刺々しいのは、絶対に相容れないからでしょうね。
目的のためなら非情なやり方も用いるのは同じですが、スクィーラの方が手段を選ばない。
価値観が正反対で、優先するものもまるで違う。

突然ですが、ここで一つ説明を。
この作品には、悪鬼という存在が出てきます。
普通、呪力を持つ人間は同胞……人間相手に力を向けられないようになってます。攻撃しようとすれば、自分が死にます。そこまで厳しく抑えて争いを防いでいるわけです。
悪鬼とは、その制約が働いておらず、周囲の生物を尽く殺そうとする人間です。
人間は悪鬼を一切攻撃できないのに対し、悪鬼は自由に他の人間を攻撃できるので、戦えば一方的な展開になります。
反旗を翻したバケネズミの戦力として『悪鬼』が登場し、人間を殺戮する。
それを止めるために、奇狼丸と協力することになります。
『悪鬼』もなぁ……。
人間を滅ぼすための道具として育てられたんですよね。
奴隷のように虐げられていたらますます救いが無いですが、仲間が殺された時怒っていたことや救世主と呼ばれていたことを考えると、丁重に扱われていたようです。
他の『悪鬼』を用意するまでの最大の切り札ですから、おかしな真似はしないか。

再び奇狼丸について。
・苦境でも誇りを失わない
最強を誇る己の軍勢が『悪鬼』一人になすすべなく全滅。自分を守ろうとした部下達もなぶり殺しの憂き目に遭う。この時点で心が折れてもおかしくない。
片目が潰れ、全身傷だらけになり、ひどく痩せこけて、痛々しい。
何とか逃げ延び人間の命を助けたのですが、バケネズミが反旗を翻している真っ最中なので信用してもらえず、これまでの忠誠や功績も無視され、酷い扱いを受ける。
それでもなお、誇り高い姿を見せる。
罪人のごとく囚われていても、彼の心まで縛ることはできません。
口を開けば彼を蔑んでばかりの坊さんが情けなく見えるほど。
見苦しい態度も奇狼丸はスルー。反発しても無駄だと悟っているのか、小物が吠えようと気にしないのか。どちらにせよ大人です。人間できてます。
・早季達を説き伏せる
『悪鬼』を倒すためとはいえ囮になんてなれないと拒絶する早季と覚に、大勢の人間が犠牲となって作った機会を無駄にする気かと問い詰める。
ここで命を懸けなければ、後悔しながら惨殺されるだけ……ぐうの音も出ない。
自分は高見の見物かと責められても、彼は動じない。
じゃあ対案を示してみろと言う。
ですよねー……。
二人じゃないと駄目だから言ってるわけで、彼一人でできるならとっくに実行しています。
「私が命を捨てることで悪鬼を斃せるのであるなら、一瞬の躊躇もなく、任務を完遂してみせましょう」
決して口だけではない。
彼ならばそうします。
……身をもって証明しました。

・切り札が失われても冷静
覚が犠牲になるのを避けようとした早季が、衝動的に切り札を燃やしてしまっても、責めはしない。
「我々の社会には、繰り言は、墓穴に入ってから蛆に聞かせろという諺があります」
心臓が鼓動を止める瞬間まで逆転の道を探し続ける、と言い切った!
絶体絶命の状況でも闘志を失わない勇姿……まさに英雄と呼びたくなる。
・疑われても動じない
彼が命を助けた人間は、バケネズミである彼のことを疑いました。それを聞いた早季達も、彼が裏切っているかもと思いました。
二人が彼を疑ったことを明かした時、全く動じませんでした。
裏切りがありえない理由の一つに「二人を殺そうと思えばとっくにできた」ことを挙げた時、さすがだと思いました。
限定された状況での話でしょうけど、自分には無い力を持つ相手を、「赤子の手をひねるように」殺せるとまで言うか。
人間は呪力に頼っているため、隙を無くしきれないのかもしれません。
・あえて企みを明かす
彼は、自分のコロニーの存続と繁栄を最優先に考えています。
敵対コロニーだけでなく友好的なコロニーに対しても、いつでも急襲し皆殺しにする準備は整えていた。
それどころか、人類に取って代わり覇権を握ることさえ考えていた。
彼にとって人間とは、いつ方針を変えて自分達を抹殺するかわからない脅威ですから。
勝つ見込みが充分にあれば、先手を打って人類を滅ぼしていたと語ります。
それを可能とする力を用意できず、企ては自然消滅しましたが……。
スクィーラと考えていたことは同じ。
それなのに受ける印象が全然違うのは、実行に移したか否か原因でしょうか?
それとも、表向きはへつらって調子のいいことをペラペラ喋っていたのと、丁重な態度ながらも言うべきことはハッキリ言う、態度の違いが効いているのか。
「最後まで人間の味方をしたから」という理由だけじゃないと思います。
話を戻して、彼は人間に盲目的に服従するわけでもなく、いたずらに敵視するわけでもない。
利害が一致しているから協力しているのだと語ります。
ようやく早季達も彼を信じられるようになりました。

・自分が犠牲となる作戦に身を投じる
死ぬというのに、一切躊躇なし。
目的のために犠牲を厭わないキャラは、犠牲に自分も含めることができるか否かで大きく評価が変わります。
自分の死を前提とした作戦を、沈黙の後、哄笑とともに受け入れた奇狼丸に言葉が出てこない。
彼が願い、頼んだのは、コロニーの復興に必要な女王を生かすことだけでした。
二人が約束すると、思い残すことは無いと笑ってみせる。
・最期
胴に大きな穴をあけられ、人間なら即死する傷を負っても立ち続け、やるべきことは果たす。
命と引き換えに『悪鬼』を斃し、敵の野望を挫き、会心の笑みを浮かべながら退場。
生きていてほしかったですが、最大の見せ場でもあるんですよね。
見事でした。
彼は最後、『悪鬼』に何と告げたのか……。

スクィーラと奇狼丸、二名の生き様が強く印象に残りました。
彼らの姿を見ていると、バケネズミもやっぱり……だなあと思えます。
世界のいびつさが嫌というほど見えましたが、解消される見込みは……正直、厳しいです。
早季と覚は行動を共にし、同じものを目にしてきたのですが、かなり違う結果になりました。早季と同じ経験をした覚が自分達の在り方にたいして疑問を抱かないわけですから、変革の困難さを実感できます。
早季にしても、元々洗脳まがいの教育効果は緩めなところに色々体験して一番異端と言えるのに、スクィーラへの謝罪要求などで「そ、そんなことを言うのか?」と思いましたから。
バケネズミの真実を知る前だったとはいえ、他の人達と大差ない一方的な見方なんじゃ……。
彼らが自分達と同じように知性や感情がある生物だと知ったはずなのに、命が軽いなぁ。両親の仇である敵側のバケネズミに対しては当たり前とも言えますが、味方側に対してもそうですから。奇狼丸が「我々の同胞の生命には関心が無い」と言った時、その通りすぎて、読んでて否定する気が全く湧きませんでした。
今後バケネズミへの見方やら扱いやらは……。
まず人間同士の争いをガッチガチに抑え込んでいるのを何とかしないといけない状況なんですよね。危険と見なした芽を片っ端から摘んでいくやり方も。
無理矢理押さえつけているからこそ、小さな穴だけで危機に陥る。
じゃあ枷を緩めればいいかと言うと、そう簡単にはいかない。殺し合って世界が崩壊しかねないので。
それでも、早季達が少しでも世界を変えていくことを願いたくなりました。

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