吸血鬼ハンターD 蒼白き堕天使
※ネタバレを含みます。

『吸血鬼ハンターD』シリーズの中でも一番好きな話です。
ハンターのDがよりによって貴族とともに旅をすることに。
バイロン・バラージュ男爵は父を殺すためDを護衛に雇い、父の下へ行こうとしている。
その途中で女貴族のミスカと出会って……という話です。
ミスカ:人間など虫けらどころか虫のエサ、ダンピールのDも見下す
バイロン・バラージュ:ミスカほど露骨に見下しはしないが、人間は貴族よりも劣っていると確信
こんな感じのいかにもな貴族が、旅の中で少しずつ変わっていきます。
最終的には人間を認め、命がけで守ろうとするように。
滅びゆく種族の新たな可能性を感じ、人間と貴族の懸け橋になるかもしれないと期待しました。

バラージュ男爵の容姿は金髪碧眼の凄まじい美形とのことなので、『キル・ゾーン』のマックスで脳内再生されます。
画像を見ると、アニメのマイエルリンクの姿は挿絵のバラージュ男爵が元になっている気がする。

無口無表情無愛想なDですが、意外と交渉が上手いかもしれない。
・二日かかる仕事を一日でやれと要求したら法外な値段をふっかけられる
・顔面の皮膚を斬って「わ、わかった。正規料金でいい」と相手が退いたところに「倍払おう」
落として持ち上げるというか、押したり引いたりするの上手いですね。
命の危機を感じて引っ込んだら払いのよさを見せられて、相手もポカーンとしますよそりゃ。
しかも、妨害されながらも一人で仕事をやりとげたらふっかけた以上の報酬をくれる。
ザ・飴と鞭。
途中の「いい男のやるこたあわからねえ」という台詞が十分に物語っている気がする。
この職人はなかなかいい味出してます。
最初ぼったくろうとしましたが、引き受けたらどんな相手だろうとやりとげる。
後に登場する親切な渡し守といい、職人が意地を見せると熱いです。

とあるフリーゲームの始祖と違い、吸血衝動は強い。
耐えきったバラージュ、偉いぞ。
怯える村娘への振る舞いも紳士かつ瀟洒。
山賊を返り討ちにして辺りが血の海になったのに耐えきったのもすげえ。
ミスカもナイス。

前向きな姉弟のメイとヒュウにDが優しい。
わざわざ質問に答えたり「見事だ」「よくやった」っつったり。
Dがデレた。

Dへの振る舞いで言い争うバラージュとミスカがいい感じです。
このデコボココンビっぷりが面白い。
Dと男爵だと退くところは退き、通すべきところでは譲らない、お互い大人な態度。衝突は稀。
Dとミスカだとミスカが噛みつき、侮辱によってはDが鬼気放射。
男爵とミスカだと兄妹みたいです。妹をたしなめる兄に見えます。
気が強いミスカが男爵の言うことには従う。

ミスカが「優れた者が劣る者の憎悪を浴びるのは栄光」と言いますが、そういう姿勢が貴族の衰退、滅びを招いたのかもしれません。

バラージュ男爵を「青い兄ちゃん」と慕うヒュウに頬が緩みます。
メイは嫌っていますが無理もない。
恐ろしい吸血鬼と打ち解けるなんて難易度高い。
この時点ではバラージュも、ミスカほど激しくはないものの人間を見下しています。
貴族は友愛と尊敬の種族云々と言い、Dから人間の血の方が優しいかもしれないと言われても「人間を研究して美点や欠点も知っているが、やはり人間は劣る存在」と考えていますから。
それでも「人間とはいえ子供を放っておけん」と助けようとしてくれる。
姉弟に「貴族を好きか?」と訊いてみたり。
けっこう気さくといいますか、話しやすい男なのか。
金髪碧眼の超絶美形ですが、何か軽いな。親しみが湧く。
ヒュウも男爵について「いい男」「やさしい、哀しそうな眼」「Dと似ている」と好印象。

馬車の中の、男爵と姉弟の会話に和みます。
話しかけるバラージュが近所の子供の面倒を見る兄ちゃんみたいだ。
ミスカをボロクソに言うヒュウに相槌を打つ時、どんな気持ちだったんだろうか。
笑いをこらえていたんだろうな、きっと。
仲よさげにしていたらメイがブチ切れました。
両親が死んだのは貴族のせいだと明かす。
敵意に燃える彼女に男爵が決闘を提案したのは、気持ちの捌け口を作ろうとしての行動か。
男爵が素手かつメイに強力な武器を持たせたとしても勝負になるとは思えませんが、どういう展開になるのでしょうか。
彼女の気が済むまで攻撃させるのか?
しっぺかでこぴんでKOして「今回は私の勝ちだ。もっと力をつけたまえ。私はいつでも勝負を受けよう」と、これからも彼女の気持ちを受け止めるつもりだったのか。
旅が終わる頃にはメイの敵意は消えていました。
おそらく彼女は決闘のことも忘れていたでしょうが、だからといってやらないままなのは納得できん。
自分が言い出したんだから男爵はきちんと実行すべきというか何というかとにかく約束守れよバカ……。

血の渇望を語るDの言葉が重い。
誘惑に負けて自分が追われる側になる未来はすぐそばにあるのですね。
トラブルが発生したため日中馬車の外に出て、倒れかけたバラージュの言葉も切ない。
朝の光がどんなものか見たい、とのこと。
強く、美しく、人間とは比べ物にならぬ技術や文化を誇る貴族ですが、そんな簡単なこともできない。

ヒュウを探しに行ったバラージュ。
毒をくらっても彼は止まらない。
すごい精神力と体力です。
ヒュウがいなくなり、怒りに燃え「許さん」と告げるバラージュがカッコよすぎる。
Dとミスカのギスギス空間を解消できるのもバラージュだけ!
バラージュはDに敬意すら抱き、Dも男爵のことは認める。
Dが彼を認めるのは、単に吸血を好まないだけでなく、実際に耐えているからなのでしょうね。

バラージュとDだけでなくミスカとメイの関係にも変化が。
拷問されるミスカを見たメイがやめてと訴えた時、一番驚いたのはミスカのはず。
貴族に両親を殺され恨みを持つ少女が、全く友好的でない彼女を庇ったんですから。
憎んでいても、痛めつけられるのを黙って見てはいられない。
メイもいい女(まだ少女ですが)です。
ミスカは冷たいこと言ったり手を跳ね除けたりしますが……メイを助ける。
ミスカもいい女だ。
『蒼白き堕天使』にはいい男もいい女も登場するなぁ。

旅の途中で加わった娘、タキとバラージュもいい感じ。
おそらく、彼女に心を許すようになったからバラージュは……。
死なないでと縋る少女に貴族の性を語る彼が辛そうです。
人の血を吸うことをよしとしない彼の矜持を好ましく思いますが、他の貴族にとっては異端でしかないんですよね。
本人も「普通の貴族であった方がずっと楽ではないか」と考える。
好きなキャラが衝動の狭間で苦しい思いするのを見るのは辛いですが、苦しむことなく「人間の血吸うぜヒャッハー!」なキャラだったらここまで好きにはならなかっただろうから複雑だ。
怯えるメイに「大丈夫だ」と言って昼間、陽光に体を晒した男爵がカッコいい。
体溶けてる! 溶けてる!
弱っても毅然としている。血の誘惑にも耐えきる。
漢だ。
母の墓を破壊され、滅びすら汚されたと知って激怒する姿に震えた。

親子の再開と対決は悲しいけれど盛り上がる。
男爵の父、ヴラドはぶちのめしてスッキリするタイプの悪役。
どんだけ男爵を怒らせ悲しませ苦しませれば気が済むんだコイツ。
子供の頃ヴラドが陽光に晒したせいで男爵は全身を焼かれ炎に包まれ、再会してからは殺された忠臣を目にして、守ろうとした少女の血を吸う光景を見せつけられて……。
ドSだ。悪魔がここにいる。
バラージュが哀れだ。
腹の立つ悪役です。
Dと男爵の二人で引導を渡してほしいと心から思った。

メイに自分を雇うよう提案するDが男前。
子供料金に笑った。
サブキャラのサイファンやラグーンもいい味出してる。
サイファンは悪党ですが、徹しきれないあたりが憎めない。
ラグーンは人間でありながら、恐ろしい力を持つヴラド相手に飄々と振る舞える。

ヴラド以前に母に憎まれていたと知ったバラージュに心が痛む。
真実を知った直後、彼の目の前でヴラドが母を……もうやめてください。
バラージュが何をしたって言うんだ。
「○○は死んだ。ここにいるのは(ただの)××だ」というのは王道。
今まで「父上」と呼んでいたのを呼び捨てにするのも王道!
「感謝するぞ、ヴラド。おまえは私の真なる敵だ」
言い切った男爵に痺れる!
彼とミスカの会話には希望が感じられますが、後の展開が辛い。
人の血を欲さないバラージュと、恐ろしい「力」を取り込んだ影響が出たのか人間の子供を守ったミスカ。
貴族が人間を思いやる……ウソくさい話ですが、実現すればどんなにいいことか。
バラージュがミスカの「力」を取り込めば復讐できる強さが手に入りますが、彼女から「力」を奪ったら元に戻り、人間との懸け橋になる可能性も消えてしまうかもしれない。
だから「力」を吸収しないことを選んだバラージュ。
二人が新たな道を見つけて希望を抱けば抱くほど、結末が重くなる。
ミスカも母と同じ目に遭わされたバラージュの心はズタズタだと思う。
サイファンもここで退場するのは惜しいキャラでした。
貴族と人間が理解しあえる世界を目指すバラージュ&ミスカと、それについていくサイファンの珍道中を見たかった。
パラレルでも何でもいいので。

ミスカの望み通り、バラージュが「力」を取り入れなくてよかった。
破壊を振りまく力に頼らず、自身の力を目覚めさせて討つのは熱い!
Dとの共闘に燃えつきそうになりました。
同じ力の持ち主が、心を認め合う者達が、強大な敵に挑む。
勝利は約束されたようなもの。
二人とも最高だ。

戦いが終わり、男爵の傷も癒え、彼は陽の下を歩けるようになった。
「これで夜明けも夕暮れも見放題だ! よかったな男爵! おめでとう!」「これから太陽の美しさを思う存分味わってください」と思いました。
吸血衝動を克服し、陽の下で歩けるようになった貴族。
滅びかけた種族の新たな可能性。
貴族の矜持を持ちながら人を思いやる男。
二つの種族をつなぎ得る存在。
Dと同じ高みへ上った戦士。
もう一人の成功例。
ミスカや男爵の母など大きな犠牲があったものの、Dには珍しくハッピーエンドと言えそうだと胸をなで下ろしました。
……甘かった。

タイトルの「蒼白き堕天使」はやはりバラージュのことだった。
章名の「蒼き翳の天使」も。
タイトルの時点で覚悟しておくべきだった。
あとがきで「壮絶な物語」「書いている私も担当も『いいのかいな』と首をかしげ溜息をもらした」「悲劇的色合いが今回特に強い」というのもこの結末なら納得。

タキも翻弄された一人ですね。
あのペテン師にもほどがあるインチキマジシャンが余計なことしたせいで……!
男爵が傷を負ったのは、守ろうと思った相手だからでしょうか。
いつものDならば犠牲者を出した時点で躊躇せず滅ぼしたはず。
一度は拒否したのは、相手がバラージュだからこそだと思います。
Dがここまで認めた貴族は初めてかもしれません。
これから先どんな強力な貴族が出てきても、バラージュほど近づいた、対等と思える存在はいないだろうと思います。
血に飢えても矜持は失わない。
バラージュはバラージュでした。
「D――私を滅ぼせ」
「依頼がない」
「私が依頼人だ」
「承知した」

この短いやり取りに二人の信念が凝縮されている。
最後まで信念を貫こうとした男爵と、けじめをつけようとする彼の意思を酌んだD。
どちらも悲壮で、悲痛だ。
おそらくDは男爵の進化を喜ばしく思ったでしょう。
だからこそ、Dが滅ぼさねばならなかったのが残酷だ。
ようやく芽生えたはずの可能性が失われ、自分に限りなく近づいた相手を葬るDの心境は……。

依頼する時のバラージュは微笑んでいた気がしてならない。
本当ならば牙を剥きたくなかったし、復讐を終えて新たな道を進もうとしていた矢先に希望を絶たれたわけですし、滅びたくなどないはず。
母から殺されかけ父と殺し合い他の貴族と異なる思想ゆえに異端と疎まれようやく使命を見つけたと思ったらこれだよ!
それでも恨みや憤り、絶望は見せず頼んだのですから、表情もそれに相応しいものだったのではないでしょうか。
最期にそのような態度をとれることが、誇り高い精神を証明している。

攻撃をわざと外したのも、男爵の心憎い振る舞いです。
害を加える気はないから無抵抗でもいいのにわざわざ攻撃してみせたのは、Dがやりやすいようにという気遣いでしょう。
バラージュさんマジ天使……。天に……土に還ってどうする!
メイとの決闘やミスカの望みはどうなるんだ。
バイロン・バラージュが退場することでDの孤独や強さが際立つのはわかりますが、いなくなるにはあまりにも惜しいキャラだと思いました。
Dとも何だかんだでやっていけるほど調整役ができて、同じくらい強くて、貴族人間含めてもトップクラスの人格者で、気さくなところもあって、紳士で、ヒュウ曰くいい男。
彼とDの戦いをもっと見たかったです。

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